四角いパレット

katataka's blog

国際線でドクターコールされたお話

地上への医療緊急コールは604フライトに1回。そのうち着陸地変更は7.3%。
N Engl J Med. 2013; 368(22): 2075-83 (PMID: 23718164)
今回、幸い着陸地変更までとはなりませんでしたが(太平洋上だったし臨時着陸できるような場所なんてなかった)、
貴重な経験をさせていただいたので、メモしておきます。

先日アメリカへ学会(というかちょっとしたシンポジウム)へ(+観光しに)行った帰りの飛行機でのお話です。
乗り継ぎの関係で、そのとき私は某ハブ空港行きの、しかもJALANAではなく某アメリカ大手航空会社の便に搭乗していました。
私はエコノミークラスの、すぐ後ろにギャレーがあるような席の、通路側にいました。
見渡す限り、乗客は外国人ばかりで、アメリカ人のほか、某ハブ空港を経由地とするアジア人も多く搭乗しているようでした。
客室乗務員ももちろんアメリカ人ばかりでしたが、3人くらい日本人もいるようでした。
私の隣席は20〜30歳代女性で、アジア系ですが英語を母国語とするようでした。
私の通路を挟んで向かい側には、20歳前後のアジア人男性と、さらに向こうには40歳代くらいのふくよかなアメリカ人女性が2人座っていました。
20歳前後のアジア人は、床に紙切れなどを落としたままだったり、ボストンバッグを足元に置いていたりと、少し謎なところもありましたが、
世界にはいろいろな文化があるからと気にしないようにしていました。
着陸までおよそあと4時間くらいのところでした。
まだ着陸前の食事までには時間もあり、照明は暗く落とされていました。
私はアメリカ滞在中の疲労(主に毎晩朝3時くらいまで飲酒していたことによる睡眠不足)のため前半である程度睡眠がとれたので、
映画をみていました。
ウィンストン・チャーチル」という、2017年のイギリス映画をみていましたが、本題とは異なるので詳細は省略します。
急に、通路向かいのアジア人男性が、うなり始めました。
そっと見ると、彼はフードを深くかぶって表情がわかりませんでしたが、
四肢を硬直させて座席上で突っ張っています。
これはヤバいやつです。
病的にしろ、意図的にしろ、こんなことを突然し出すのは、とにかくヤバいやつです。
10秒後ぐらいには、彼の隣席のアメリカ人女性がボタンで客室乗務員を呼びました。
彼女たち2人は、いい人でした。
その後2時間以上、とても隣でゆっくりできる雰囲気ではない状態が続くのですが、文句ひとつありませんでした。
…本当に文句がなかったかどうか、英語で聞き取れるわけではない私には実際のところわかりませんが。
間もなく、アメリカ人男性の客室乗務員が来ました。
そして「これはヤバいやつだ」と状況を察知し、応援を呼びにすぐ引き上げていきました。
「医師はお申し出ください」
という英語のアナウンスが間もなく流れました。

アジア人男性(20歳くらい)の全身性痙攣発作は1〜2分程度ですでに落ち着いていましたが、
フードをかぶったまま天井を向いて座席上でのびている状態でした。
果たして今彼は、生きてるのか、死んでるのか、それすらもわかりませんでした。
こんな状況の時、みなさんは、どうしますか?
「飛行機内での医療行為は訴訟になった場合個人に責任を問われる可能性がある」
と、医学生時代から何度も聞かされたことが頭をよぎります。
「その場の状況次第だよな」とは思っていました。
「何度もコールがあって誰もいないようなら手を上げようか」
「学会とか学会とか学会とかで、医者なんて何人でも機内にいるだろう」
「病態が自分の専門っぽかったら、多少は介入しようか」
などと、楽観的に考えていました。
通路を挟んで隣で、明らかに異常な状態を目の前にして、
イヤホンを耳に押し込みなおして寝たふりをしながらほかの医師が来るのを待つなんてことができるでしょうか。
そしてこれから4時間ずっと、しらばっくれることができるでしょうか。
遅かれ早かれ、無視はできない、と覚悟しました。
「アイム、ア ドクター」
私は、戻ってきたアメリカ人男性の客室乗務員に、小さい声でそう申し出ました。
「バット、アイ キャンナット スピーク イングリッシュ」
そう、矛盾した文章を申し添えました。

フードを上げた彼は、閉眼し、動きもみられませんでした。
何はともあれ、彼が生きているのかどうか、バイタルがどうなのかを知りたくて、
とりあえず橈骨動脈を触れました。
拍動は弱くなく、脈拍数も正常です。
とりあえず安心しました。
これだけで、あとはおおよそ中枢性か精神的くらいの鑑別になります。
次に、肩を強くたたいて呼びかけようとしました。
そばにいたアメリカ人男性客室乗務員は、呼びかけたり揺すったりしてよいのかどうかわからず躊躇しているようでしたが、
私は医者だと宣言したので、何をしても文句は言われないだろうと、勝手に肩を強く叩きました。
思い返すと、私はそのとき少し気持ちが高揚していたかもしれません。
まあ、高揚もしますよね、普通。
肩をたたいて、呼びかけようとして、一瞬、なんと呼びかけようか迷いました。
「エクスキューズ ミー、サー!」
反応はありません。
果たして、意識がないのか、私の英語の発音が悪くて言葉が通じていないのか。
そもそも、この人の母国語も不明でした。
間もなく、別の医師が来ました。
彼は20歳代男性の香港人で、英語が話せました。
…英語が話せる。
この、アメリカ大手航空会社の国際線機上において、私のような英語が話せない医者などなんの意味も成しません。
英語が話せる彼に任せて、私はこれにてお役御免です…
と、自分の席に戻ろうとしましたが、自分の席は傷病者の隣の席でした。
お役御免できません。

すでに私は、本件に関してできることはそう多くないことを自覚していました。
例え脳卒中だったとして(若年で考えにくくはありますが)、機上でなにができるか?
降圧したあとは、緊急着陸の要否の判断くらいです。
今は日本国内の空港着陸まで4時間の太平洋上。
最寄りの空港は、アルーシャン列島かベーリング海沿岸くらいしかありません。
そんなところに着陸したところで、彼の予後は向上するだろうか?
とりあえず、頻脈もなく、頻呼吸もなく、けいれんは頓挫しており、
緊急処置を要することはありません。
と、私はすでに一歩引き気味となっていました。
血圧計が出てきました。
水銀柱でコロトコフ音を聞かないといけない道具ではなく、
オムロンの自動血圧計でした。
アメリカの飛行機なのに日本の血圧計か、と驚きましたが、
後ほど知ったことには、それは乗客の持ち物のようでした。
(ボタンや画面表示に日本語表記がなかったように記憶していますが…実際のところはわかりません)
血圧を測ります。
香港人医師は、マンシェットをあまり巻いた経験がなさそうでしたので、私が巻いて測定しました。
血圧120台でした。
まったく異常なし。
酸素飽和度測定器が出てきました。
SpO2 91%でした。
呼吸回数は正常でした。
試しに聴診器で肺音を聴取してみましたが、予想通り聞こえませんでした。
両側の胸のあがりは正常で、緊張性気胸は否定的です。
頻脈がなく、大きな肺塞栓も否定的でしょう。
そもそも、高度4000フィート上空の機内で、酸素分圧はどれくらいのもので、正常のSpO2はどの程度のものなのでしょうか。
先ほどのアメリカ人客室乗務員が自分の指でSpO2を測定して見せてくれましたが、94%でした。
SpO2 91%は、病的な値なのか?
…発症様式や、呼吸様式、脈拍数や血圧等から、本件で酸素の維持はさほど重要そうには思えず、
酸素投与の必要性等については(聞かれもしなかったので)特に言及しないことにしました。
(なお、ネットで調べる限り、巡航高度において酸素分圧は8割へ低下し、SpO2は92〜93%以下になるものらしいです。一つ勉強になりました)
さて。
じゃあ、なんでしょう。
アジア人男性は依然として反応がありません。
私の英語だけでなくアメリカ人の英語にも反応がありません。
「いったい何語なら通じるんだ」
と最初のアメリカ人男性客室乗務員は困っていました。
「彼(私)は日本人だが、日本語で呼びかけても反応がない」
いえ、私はまだ日本語で呼びかけてはいません。
あれば英語で呼びかけたつもりだったのですが、英語とは思われていなかったんですね。
香港人医師が両側の橈骨動脈を触知していました。
血圧測定後のその行動にどんな意味があるのだろう…と私は徐々にその香港人医師が不安になってきました。
大動脈解離も否定できませんが…でも、この経過で解離?
さっき、香港人医師が「medical ID」の呈示を求められて客室乗務員にそれっぽいものを見せていたので、おそらく医師だと思うのですが。
ちなみに私は医師であることを示すものはおろか、医学研究に携わる大学院生であることを証明する学生証すら日本に置いてきてしまっていました。
そのため、医師であるとは申告しているものの、本当に医師かどうかは証明できない立場でした。
(そもそも、日本において医師であることを証明できる英語表記のものって、普通は持っていないですよね…)
ですので、侵襲的処置行為は原則しないようにしようと思っていましたし、
少なくとも、医師であることを証明できる香港人医師が原則主体として医療処置を進めるべきと考え、私はその補助に徹していました。
でも、ほかに「医師ではありませんが医療従事者です」というアメリカ人の申し出を客室乗務員が「医師が対応しているので不要です、ありがとうございます」と断っているのを目にし、
「引き続き英語が話せる医師を募った方がいいのでは」と私はほかの日本人客室乗務員に進言しておきました…。
結局ほかに誰も来ませんでしたが。

やがて発症から10分くらいして、呼びかけにもうろうと開眼し発語するようになりました。
この時点で私はてんかん発作を疑っており、
定期服薬はないか、既往はないか、と英語で繰り返し本人に問いかけてみましたが、
首を横に振ってすぐにテーブルに顔を伏せてしまう状況でした。
氏名から東アジアの某国出身ではと推測され、
その国出身の乗客が呼びかけたところ、その言語が母国語のようでしたが、
英語の時と同様、依然反応は乏しい状態でした。
結局のところ、彼は英語もある程度普通に話せる人であり、以後英語を中心に対応が進められました。
(…やっぱり私は必要がない。)
一応、受け答えも可能となりました。
明らかな麻痺もなく、香港人医師が傷病者と少しやり取りしていましたが、傾眠様ではあるものの特に自覚症状も聴取されませんでした。
これらの所見を香港人医師と確認しあった上で、とりあえず軽快したと判断し、なんとなく解散となりました。

ただ、意識清明とはいえず、テーブルに顔を伏せたままなので、どうも気になります。
映画鑑賞を再開しましたが、通路を挟んで隣の彼が顔を伏せて身動きをしないでいるのを見ると、放っておけませんでした。
隣の席のアメリカ人女性も心配そうに彼の様子を眺めています。
やがて、さきほどのアメリカ人男性客室乗務員が再び現れました。
アメリカにあるMedAire社のMedLinkを用いて地上の医師へ本件を状況報告しており、バイタルを確認するよう求められている、とのことでした。
A4くらいの用紙を見せてもらいました。
空欄を埋めて、再度報告しないといけないそうです。
まずは血圧です。
血圧計が出てきました。
先ほどのオムロン自動血圧計ではありません。
水銀柱ではないものの、目盛り付きの丸い表示器がついた手動血圧計でした。
ご丁寧に聴診器もついています。
試しに聴診法で測定してみました。
最初から半ばやる気がないこともあって、聴取できませんでした。
聴診器の当てる場所が不適当だったかもしれませんが、何度も測定しなおすのも面倒だったので、すぐに諦め、触知法で測定しました。
収縮期血圧 122 mmHg。
これでいいだろう。と客室乗務員に言うと、下の血圧は?と聞かれました。
そんなの聞こえるわけないだろう?!と私は英語で大きな声で答えました。
声に出してから、ちょっと気が高ぶりすぎたな、と少し反省しました。
香港人医師が再び現れていて、測定を試みてくれました。
あとは彼に任せました。
結局拡張期血圧が測定できたかどうかはわかりません。
一通りバイタルを取った後、MedAireか機長に報告しているようでした。
その後、酸素ボンベが出てきて、酸素投与が開始されました。
そもそも、酸素分圧8割って結構無視できない低下ですよね。
中等度以上の閉塞性肺疾患患者にはかなり負担となり、場合によっては致死的になりうる低酸素状態です。
循環動態や呼吸状態に多少なりとも障害を生じているようであれば、全例酸素投与が望ましいかもしれないなあと、今調べていて思いました。
薬が出てきました。
家庭用工具箱くらいの大きさで、ビニールで包装されていました。
客室乗務員がその包装を破いて、中を見せてくれました。
紙で細長く包装された15cmくらいの大きさのものが所狭しと並んでいました。
もちろん、書かれているのは英語。
ざっと目で追ってみましたが、どれも聞きなれないものばかりです。
商品名なのか、それとも一般名だけれど私の専門外で引っかかってこないのかわかりませんが、
これは、と思い当たる名前が一つも見つけられなかったことに愕然としました。
ただ、Tab、と書かれていて、用量が記載されているだろうことが、かろうじてわかった程度でした。
…いずれにしても、たとえてんかんであっても、既往もよくわからない人に抗てんかん薬を予防投与する必要はないな、と
自分に言い訳をしながら、その薬の箱はしまってもらいました。

次に、血糖測定器が出てきました。
正直なところ、この瞬間まで、私の鑑別に低血糖の可能性はすっかり抜け落ちていました。
「機内に血糖測定器があるなんて、知らなかったよ」と誤魔化しましたが、
本当は忘れていました。申し訳ありません。
意識障害の鑑別の基礎中の基礎ですよね。
測定器の入った袋を開けました。
穿刺ペン、針、測定用チップ、測定器が入っています。
…実は私、血糖測定をしたことがありません。
機器の種類によって手順が多少異なると思いますが、
電源を入れてからチップを挿入するのかとか、針はどう取り換えるのかとか、前知識がまったくありませんでした。
血が出たところで測定チップを外周から沿わせるようにつける、といったなんとなくのイメージしか知りません。
日本でこれらは、看護師の業務です。
医師は、血糖測定器やインスリン注射や吸入薬の使い方を、あまり知りません(たぶん)。
だから看護師を呼んでおけばよかったのだ…と思いましたが、私が言える立場にはないので言いません。
「私は使ったことがない」ととりあえず言いました。
アメリカ人客室乗務員が説明書を取り出し、試行錯誤を始めました。
私の隣の席のアジア系アメリカ人女性が助言してきました。
え、この人、実は看護師だった?
「いえ、医療スタッフです」と彼女は笑いながら言いました。
彼女の前の席のおばあさんが身を取り出して「貸してみなさい」と穿刺ペンを取り上げました。
手元が少しおぼつかない様子です。
「おばあさん、これはインスリン注射ではなくて穿刺ペンですよ」
と私がおそるおそる忠告しましたが、私の英語が彼女に通じたかはわかりません。
結局うまくできずに再び客室乗務員が試行錯誤することになりました。
でもこのやり取りの中で、周りの人たちが意外と手を差し伸べてなにか手助けしようとしてくれたことに私は少し感動しました。
細かいことは端折りますが、こうして15分後くらいにやっと測定できた血糖値は、60台後半。
「ロウ、ですネ」
と私はコメントしました。
すでにブドウ糖を少量の水で溶かしたコップが用意されていました。
…用意してあるじゃん!あるなら先に飲ませてもよかっただろうに…
と、それまで低血糖の可能性についてすっかり忘れていた自分を棚において私は少し憤りました。
なんて醜い私。
なお、血糖60台後半というのは、低血糖状態であるのは間違いありませんが、
意識障害も生じるかというと、ちょっと微妙な値ですよね。
ブドウ糖を飲ませるのを眺めながら、この血糖だけでここまで痙攣とかするものかなあ…と私は首をかしげました。
発作時から今まで彼は何も口にしていません。
発作からすでに1時間くらい経過していましたが、1時間前の発作時は血糖がもっと低く、時間とともに自然に上昇したということでしょうか。
彼は、てんかん歴や失神歴はなく、またインスリン投与歴や低血糖発作もないとのことで(私だけでなく客室乗務員による聴取による)、
飛行機搭乗後に食事も少し摂っていましたし、低血糖を生じるような背景が見当たりませんでした。
ただ、ブドウ糖摂取後からは顔を伏せることもなくなり受け答えも比較的明瞭になったことから、
低血糖要素は十分あったと推測します。
30分後の血糖も90台へ改善しました。

その後、着陸態勢に入る前に傷病者は出口付近の席へ移動となり、
着陸後は救急隊が介入し近隣病院へ搬送の予定となりました。
着陸して降機が始まったあたりで、
傷病者処置にあたった医師は客室乗務員に申し出るよう英語でアナウンスがありました。
一斉に、まわりの席の人が私を見ました。
「君だよ、行きなよ」
みなさんは、笑顔で、私に声をかけてくれました。
「(通路にこんな人が立っている中で)どうやって客室乗務員に声をかけたらいいんだ」
と私は冗談めかして言いましたが、その英語がまわりのみなさんに通じたかどうかはわかりません。
傷病者の横の席だったふくよかな40歳代のアメリカ人女性が「おつかれさま」と笑顔で私に声をかけてくれました。
いや、大変だったのは目の前で痙攣されて以降ずっと不安に見守ってくれていたあなたたちの方でしょう、と
ねぎらいの言葉をかけたかったのですが、気の利いた英語が出てきませんでした。
「Have a nice trip」
とだけ、私は答えました。

前の搭乗者がはけてきたところで、やっと傷病者のいるエリアへ向かう通路に入ることができ、
私はゆっくりと歩いていきました。
そこには、アメリカ航空会社名入りの紐付き名札を首から下げた40歳代アジア人女性地上スタッフと、
見慣れたユニフォームの国内某大手航空会社地上スタッフ、
そして水色の防護衣を来た救急隊が2〜3人、
出口前で傷病者を囲んでいました。
先ほどの香港人医師もいましたが、私を見ると間もなく降機していきました。
結局私だけかよ。
先ほどのアメリカ航空会社地上スタッフから、状況説明を求められました。
痙攣は全身性で、2〜3分程度で消失。発作1時間後に測定した血糖が60台後半で、ブドウ糖投与後は幾分意識回復。
ただし血糖の最終測定から2時間以上経過しており、念のため血糖再検と慎重な経過確認が必要。
また低血糖の程度がさほど高度ではないため、頭部CTなど意識障害や痙攣の鑑別検査が望ましい。
英語で話しかけられたので、英語と身振り手振りを用いて答えました。
その後、その地上スタッフは他のスタッフうへ日本語で話し始めました。
なんだ、この人、日本語しゃべられるじゃん。
その後私が日本語で返答したら、逆に驚かれました。
なんだ、日本語しゃべられるじゃん。
その場の空気がどっとやわらぐのを感じました。
「対応した医療者が香港人だと聞いていたので日本語は話せないと思っていました。なんだ、良かった。先生ですか?」
日本の医療現場において「先生」とは「医師」のことを指します。
「はい」
「あれ、先生、以前もどこかで対応してませんでしたか?」
いえ初めてです。人違いですし、二度もこんな目には遭いたくありません。
ていうか、さっきの香港人は医療者だけれど医師ではないんですか?
事実は闇の中。彼は一体何者だったのだろう…
とりあえず、私が話す英語を英語として聞いてくれる人がいて私は少しうれしかったです。
やがて、出口の外から私の名前を呼ぶ声が。
乗り継ぎの案内のようです。
この飛行機は出発の時点で2時間遅れであり、国内乗り継ぎを予定している私をVIP待遇で次の搭乗場所まで誘導してくれるようです。
本当は、日本語の通じるやりとりをもう少し続けたかったのですが、
国内大手航空会社地上スタッフに促され、その場を後にしました。
「先生、どちらの病院ですか?」
去り際、救急隊の一人に声をかけられました。もちろん日本語です。
答えたところで何の意味があるのだろう…これから私は乗り継ぐって言ってるのに。
少なくとも救急隊の皆さんが出入りしている医療機関ではありませんよ。
私「○○病院です」
救急隊「…え?」
私「北海道の、○○病院です、そして私はこれから飛行機を乗り継いで仙台へ行きます」
救急隊「あ、そうでしたか…」
国際線に乗っている人は必ずしも到着地にゆかりがあるとは限らないのですよ…

着陸地変更の要否について機長から意見を求められるのでは、と私はドキドキしながら身構え(言い訳を探し)ていたのですが、
結局聞かれませんでした。
機長が、やりとりからあまりあてにならなさそうな私たちよりも、MedAireからの助言を尊重したのかもしれません。
それで別にいいんですけれどね。
現場は、情報収集してそれを伝えることに徹し、助言や指示に従ってできる範囲の処置をすれば、
多少なりとも責任を分散することになるし、「情報を求められなかったから確認をしなかったまでだ」とも言い訳できるかもしれません。
そういう意味で、MedAireによる無線を介した医療サポートは有用と感じました。

今回の対応で2時間以上の時間を割きましたが、
見返りは「ご迷惑をおかけしました」という内容のメール1通と、次回搭乗時の100ドル分の割引(そのかわり苦情はご遠慮ください)でした。
他でも言われているように、機内での対応はあくまで好意、ボランティアに基づくものです。
それでも医療処置の責任を個人へ問われることがあるかもしれませんが、
職務ではなく好意に基づく行為であるからこそ、免責されるという解釈も成立するわけで、
そういう背景を考えると、妥当かなと思います。
ただ、できれば、「協力いただいた」という文面だとちょっとうれしかったかもしれません。個人的には。
なお、割引の利用期限は1年以内なのですが、
その間にそのアメリカ航空会社を(コードシェアではなく)直接予約することは…おそらくないでしょう。
とりあえずよい経験、よい勉強となりました。